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音戸町とは

音戸町(おんどちょう)は、かつて広島県安芸郡に存在した町で、町域は呉市の南方の瀬戸内海に浮かぶ倉橋島の北側約3分の1を占めています。

音戸町といえば、音戸の瀬戸(おんどのせと、旧表記:隠戸ノ瀬戸)。

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音戸の瀬戸とは広島県呉市にある警固屋と倉橋島の間に存在する海峡のことで、平安時代に日宋貿易の航路として、1167年に平清盛が開削したといわれています。一日で工事を完了させるために夕日を招き返したという伝説があり、平清盛ゆかりの土地であることから、開削800周年を記念して、1967年(昭和42年)7月に立烏帽子直垂姿の平清盛が日没の方向に扇を向けて立つ姿の2.7mの銅像「日招像」が瀬戸の東側の高烏山麓「音戸の瀬戸公園」内に建立されました。

音戸の瀬戸は、幅は90m程度、可航幅が60mしか無く、一日の船舶の通行量は約700隻で、最大で4ノットと潮流が早く、1000トン級の船が行き交う船舶の往来が激しい海域です。

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ここで日本一短いとされる海上定期航路(音戸渡船)も就航しています。

1961年12月、平清盛が切り開いた伝説の地・音戸の瀬戸に音戸大橋(当時は有料道路。1974年無料開放)がかかり、倉橋島が本土と陸続きになり、1973年10月、早瀬大橋が東能美島との間の早瀬瀬戸にかかり、江田島・西能美島・東能美島と陸続きになりました。
 

 
2005年3月20日に安芸郡の音戸・蒲刈両町及び豊田郡の豊浜・安浦・豊各町とともに呉市に編入されました。

音戸町の面積:18.73km²
音戸町の総人口:世帯数:5,930世帯13,050人【男性:6,244人・女性:6,806人】(2011年10月末現在)

音戸町の主な町名
有清(ありきよ)・鰯浜(いわしはま)音戸(おんど)・北隠渡(きたおんど)・先奥(さきおく)
高須(たかす)・田原1(たはら)・坪井(つぼい)・渡子(とのこ)・畑(はた)
波多見(はたみ)・早瀬(はやせ)・引地(ひきじ)・藤脇(ふじのわき)・南隠渡(みなみおんど)