38.相性

相性を辞書で引くと・・・

1 男女の生まれを暦の干支(えと)や九星などに当てて相生(そうじょう)・相克を知り、二人の縁を定めること。中国の五行(ごぎょう)思想から出た考え方。

2 互いの性格・調子などの合い方。

東洋医学で用いる「五行」の相生・相克を語りだすと・・・「木火土金水」の話になり・・・延々となりますので・・・本日は「2」の互いの性格、調子の合い方の「相性」について。

さて、私の辞書の『相性』にはこう印されている。

「共感、共有できるか、どうか!?」

人は一人では生きていけない。

よって誰かとともに生きている。

自分にとって「気の合う人」もいれば、その反対もある。

気が合うということが「相性が良い」という言い方をされます。

幼少期は、「みんなと仲良くしなさい」「ケンカをしてはダメよ」と親、教師を含む大人から昏々と教え込まれますが・・・

大人になってみて・・・いざ!そうしているか!?というと・・・

案外、大人の方が性質が悪い・・・(笑)

「みんなとなんか仲良くできない」「すべての人と仲良くなんてできない」

大人ですから、表立ったケンカはしないものの・・・冷戦状態・・・ということはよくある・・・(笑)

人は幼少期から徐々に様々な体験をし、人格、性格が形成されてくる。

もちろん先天的な素養というものはあるだろうが、基本的には生きていた環境、状況で様々な人格、性格ができるように思う。

人は一人では生きていけないため、人と接触する。

その時のファーストコンタクトで「何か違う」と感じることがある。

その「違う」感覚というのが何かはわからないが、これまでの自分の経験則で「自分との相性を判断するセンサー」のようなものがあるのではないかと思う。

この「何か違う感覚」は直すとか、正すというものではなく、直せないもの、正せないもの。

いや、直す必要がなく、正す必要がないものともいえる。

その「違う感覚」は相手がそう感じるだけで、その人にとってはごく当たり前の感覚だからである。

それを無理にすり合わせようとすると・・・「歪み」がでる。

人間関係でいくと「無理」という感覚である。

これはどちらかが悪いわけではなく、相性と言われる問題だと思う。

類は類を呼ぶという諺があるが、これは、いわゆる相性ということになるのだろう。

ただ、人間はある程度、許容できる範囲がある。

すべて許容できる「おおらかな人間」はそう、いないと思うが、許容できる範囲に個人差があるのは事実である。

組織などで、どうしても「外せない人間関係」であれば、許容せざるを得ないということもあるだろうが、通常の友達関係、人間関係においては無理をして、多大な許容をして継続する必要はない。

ここで「相性がよい」とされることについて考える。

花をみて、「キレイ」「かわいい」と思う人に対して、自分は「きらい」「いや」という風にを思えばと・・・

「えっ?」という違和感が生じる。

ある自動車をみて、「かっこいい」「素敵」と思う人に対して、自分は「ダサい」「カッコワル!」という風に思えば・・・

「ん?」という違和感が生じる。

そうしたことが様々なところで起こっている。

それを逆説的にとらえ・・・相性がよい!って何???と考えたら・・・

「共感、共有できるものごとが一致できる人」と言えるのではないか・・・

そんな逆説的に考えなくても「共感、共有できるものごとが一致できる人」じゃん!と言われれば、身も蓋もないが・・・(笑)

自分の感覚、感性が一致できる人というのは、そうはいない。

いや、少ないかもしれない。

人は一人では生きていけない。

ならば、その感覚、感性が一致する人、共感、共有、共鳴ができる人は大切である。

人生を豊かに生きるには、そうした人がより多くいれば、より豊かになる・・・んだと思う。

「相性」・・・宮迫広辞苑にはこう印されています。

「共感、共有できるか、どうか!?」

それでは今日も「相性」の良い出会いに感謝しつつ、一日を笑顔で豊かに過ごしましょう~♪

以下、「宮迫接骨院オフィシャルホームページ」もよろしくお願いいたします。

http://www.miyasako.net/

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