恩師を辞書でひくと・・・
教えを受けた、恩のある先生。
さて、わたしの辞書の『恩師』にはこう印されている。
「感謝の気持ちを伝えなければいけない方」
小学校、中学校、高校、大学、専門学校と学校に通えば、各々の学校に恩師と呼べる先生と出会う。
その「恩師」は自分の『礎』を作ってくれる人であり、『道しるべ』を作ってくれる人である。
先生がどう思おっているかは別にして、自分がどう想い、どう感じたかだと思う。
直接的な接点がない先生でも、感銘をうけたり、感動を覚えたり、自分の『礎』ができることもある。
『親友』の時も同じような感覚を覚えたが、接した時間が長いとか、接した回数が多いから恩師になるということではない。
もちろん長い間お世話になって恩師になる場合もあるだろうが、時間単位だけで恩師になるものでもない。
人生でそんなたくさんの恩師と呼べる人物に出会うことはないかもしれないが・・・
わたくしにも小学生、中学生、高校、専門学校時代に大変にお世話になり、恩師と呼べる先生がいらっしゃる。
わたくしにも、各学校時代に恩師がいます。
ただ・・・小学生、中学生、高校時代の恩師は、残念ながらお亡くなりになったり、存命であってもご高齢になり意思疎通ができない状態になっている。
いつまでも居ると思っていたら・・・大変残念なことになってしまいます。
わたくしも現在43歳。恩師と呼べる先生方は、どうしてもわたくしより年齢が高くなります。
会って話が出来るうちに、話をしないと・・・
感謝の気持ちを伝えないと・・・
『心残り』ができてしまいます。
気持ちは口に出さないと伝わりません。
特に『恩師』とは自分の『礎』を築いてくださった方々です。
今の自分があるのは、たくさんの方々のおかげですが、『恩師』の存在は欠かせません。
もちろん恩師だけではないかもしれませんが、お世話になった方々への感謝の気持ちは存命中、元気なうちに伝えておかなければなりません。
わたくしも感謝の気持ちを伝えきれていない先生方がいらっしゃいました。
『会いに行く』ということ勇気がいったり、照れたり、気恥ずかしかったりいたしましすが・・・
でも、そろそろ、そんな行動もとらなければいけないかと思います。
いつまでも恩師が元気でいると思ってはいけません。
昨日、専門学校時代の恩師「三澤先生」に出会い、お話をさせていただくことができました。
たくさん、お話はできませんでしたが、会って話すだけで、自分の原点「礎」を想い返せました。
三澤先生、ありがとうござました。
また、今後ともよろしくお願いいたします。
あ・・・三澤先生は、恩師といっても・・・まだまだ、お若く・・・お元気ではありますが・・・(笑)
「恩師」・・・宮迫広辞苑にはこう印されています。
「感謝の気持ちを伝えなければいけない方」
以下、「宮迫接骨院オフィシャルホームページ」もよろしくお願いいたします。