日本の名城!vol.44
久々の「日本の名城シリーズ」
広島城、福山城、松江城、岡山城、彦根城、高知城、備中松山城、丸亀城、鬼ノ城、松本城、岩国城、小田原城、松山城、掛川城、安土城、津山城、今治城、姫路城、駿府城、大野城、高遠城、萩城、大阪城、名護屋城、月山富田城、福岡城、岡崎城、篠山城、赤穂城、観音寺城、高松城、大洲城、徳島城、津和野城、宇和島城、山中城、飫肥城、湯築城、鳥取城、鹿児島城、竹田城、人吉城、金山城と続き・・・
本日も天守閣なし!!!
写真は4枚!
写真だけでわかれば・・・
「宮迫お城検定・神」をさしあげますぅ~♪♪♪
写真でわからない方の為に・・・
ヒント!
榛名山東南麓の丘陵上を中心に、北東と南西の平地部を含んだ戦国時代の平山城(ひらやまじろ)です。
東西約500メートル、南北約1,100メートル、面積約36ヘクタール(史跡面積=約19ヘクタール)におよぶ西上野(にしこうずけ)の中核的な城郭です。
北西から南東方向にのびる尾根上に主要な曲輪(くるわ)を直線的に配置し、さらにこれを核にして多数の曲輪を線対称状に配置しています。
これらの曲輪を区画しているのは、本丸周囲を巡る最大幅40メートル、深さ10メートルに代表されるような広大な堀です。
西暦1500年前後に長野氏が築城し、その後4代にわたって長野氏の本拠でした。
武田氏の西上野侵攻に際して、長野氏はこの箕輪城を本拠にして最後まで抵抗しました。
永禄9年(1566)に武田信玄に落とされるとその後は、武田氏(1566~1582年)、織田氏(1582年)、北条氏(1582~1590年)、徳川氏(1590~1598年)と次々と主を変えましたが、その度に各大名の有力家臣が城主として配置されていたそうです。
特に最後の城主井伊直政は、徳川家康の家臣のなかでは最大石高の12万石で封じられています。
その8年後の慶長3年(1598)、井伊直政は城を高崎に移し、この城は廃城になりました。
ヒントでも相当に難しいか・・・(笑)
このヒントでわかった方には・・・
「宮迫お城検定・五段」をさしあげますぅ~♪♪♪
来年のNHK大河ドラマ「真田丸」ではしっかりと登場し来年大ブレークすること必至のお城です!!!
混雑する前に、ぜひ、一度いってらっしゃいませぇ~♪♪♪
日本にはたくさんの名城と呼ばれる城がアリマス!!!
「素人お城狂・宮迫」が到達しないといけないお城は・・・「あと56個」
さて、次は、どこの城に・・・
次の休みには、ぜひ、日本の名城にいってらっしゃいませぇ~♪♪♪
それでは本日も名城に負けない凛とした姿で、もちろん笑顔でがんばりましょう~♪♪♪
以下、「宮迫接骨院オフィシャルホームページ」もよろしくお願いいたします。